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名古屋地方裁判所 昭和34年(ワ)643号 判決 1961年8月23日

原告 高田定秀

被告 車輛興業株式会社 外一名

主文

被告車輛興業株式会社は原告に対し金八万六百八十二円及びこれに対する昭和三十三年十一月二十一日より完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、原告と被告車輛興業株式会社との間に生じたものの二分の一を同被告の、その余を各自の各負担とし、原告と被告車輛部品製造株式会社との間に生じたものは全部原告の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において金二万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告等は原告に対し合同して金十五万円及びこれに対する昭和三十二年十一月二十一日より右完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告等の連帯負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、

その請求原因として、

一、被告車輛興業株式会社(以下被告Aと略称する)は、被告車輛部品製造株式会社(以下被告Bと略称する)に宛て、振出日昭和三十二年九月十日、金額十五万円、満期同年十一月二十日、支払地東京都中央区、支払場所株式会社富士銀行小舟町支店、振出地東京都荒川区なる約束手形一通を振出し、被告Bは拒絶証書作成義務を免除して訴外下出好一郎に対しこれを白地式裏書によつて譲渡し、同訴外人は満期に支払場所においてこれを呈示して支払を求めたが、支払を拒絶された。

二、そして、同訴外人は昭和三十三年十一月二十五日原告に対しこれを期限後裏書により譲渡した。

三、そこで、原告は被告等に対し、その合同のもとに右約束手形金十五万円及びこれに対する満期の翌日である昭和三十二年十一月二十一日より右完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

と述べ、

被告等の抗弁をいずれも否認した。

被告A訴訟代理人は、原告の被告Aに対する請求を棄却する。訴訟費用中被告Aに関する部分は原告の負担とする。との判決を求め、

一、答弁として、

原告主張の請求原因事実中、被告Aが被告Bに宛て原告主張のような約束手形一通を振出したことは認めるが、その余は不知

二、抗弁として、

(一)  原告が本件約束手形を取得したのは、支払拒絶証書作成期間経過後の裏書によるものであるから、右裏書は指名債権譲渡の効力のみを有するというべきところ、手形債務者たる被告Aは、本件約束手形金債権譲渡の通知を受けたことも、またこれを承諾したこともないのであるからして、原告は本件約束手形金債権の譲受を被告Aに対抗し得ない。

(二)  仮りに右が理由がないとするも、被告Aは被告Bに対し数年来連結用ホロ、金具等の車輛部品の下請註文をなし、常に幾らかの前渡金貸越となつており、本件約束手形もその概算前渡金支払のために交付したものであるが、その満期以前に納付すべき注文品につき被告Bが事業不振のため全く製作意欲を欠いで遂にこれを納付しなかつたので、被告Aは、被告Bに対し本件約束手形金を支払う義務がなくなつた。従つて、被告Aは原告に対し右事由を以てその支払を拒絶し得る。

(三)  以上がすべて理由がないとするも、被告Aは被告Bに対し、次の(1) 乃至(3) の反対債権を有するので、相殺の抗弁を主張する。即ち、

(1)  被告Aの被告Bに対する従来の貸越前渡金は金十七万四千四百円に達するところ、これには本件約束手形金十五万円も含まれているので(乙二号証の二(仕入帖)中九月十日の欄に支払手形十一月二十日、支払金額十五万円とあるのは本件約束手形のことである。)これを差引いた残額金二万四千四百円の前渡金返還請求権

(2)  被告Aが被告Bに対し昭和三十三年五月二十八日及び同年六月五日の二回に亘つて売渡したホロ地計七七、八米の代金四万三千五百六十八円の債権(弁済期同年十月三十一日)

(3)  被告Aが被告Bに対し昭和三十三年九月十六日売渡した「ケタ」四十一個、及び「しめ金」八個の代金九千三百五十円より入金分八千円を控除した残代金千三百五十円の債権

これらの合計は金七万九千三百十八円(六万九千三百十八円の誤りと思われる)となるところ、右各債権はいずれも弁済期を既に経過して相殺適状にあるから、昭和三十四年六月一日の本件口頭弁論期日において、右反対債権を以て原告の被告Aに対する本件約束手形金債権と対等額において相殺する旨の意思表示をした。従つて、本件約束手形金全額に対する原告の請求は失当である。

と述べた。

被告B訴訟代理人は、原告の被告Bに対する請求を棄却する。訴訟費用中被告Bに関する部分は原告の負担とする。との判決を求め、

一、答弁として、

原告主張の請求原因事実中、被告Bが被告Aより原告主張のような約束手形一通の振出を受け、被告Bが原告主張のとおりこれを訴外下出好一郎に対し白地式裏書により譲渡したこと、及び同訴外人が原告主張のとおりこれを原告に対し期限後裏書により譲渡したことは認めるが、その余は争う。

二、抗弁として、

訴外下出好一郎が支払場所において本件約束手形を呈示して支払を求めたのは、満期から一年経過した昭和三十三年十一月二十日であつて、明らかに支払拒絶証書作成期間経過後であるから、所持人の裏書人(被告B)に対する遡求権は消滅したものというべく、従つて、その後同訴外人より裏書譲渡を受けて本件約束手形の所持人となつた原告は、被告Bに対し本件約束手形金を請求する権利を有しないので、原告の被告Bに対する本訴請求は失当である。

と述べた。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一号証の一乃至四を提出し証人寄木茂の証言を援用し、乙第二号証の一、二の成立はいずれも認めるが、その余の乙号各証の成立はいずれも不知。と述べ、

被告A訴訟代理人は、乙第一乃至第三号証の各一、二、第四号証を提出し、証人寄木茂の証言被告A代表者木村治本人の尋問の結果を援用し、甲第一号証の一、四の各成立は認めるが、同第一号証の二、三の各成立は不知。と述べ、被告B訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、四の各成立は認めるが、同第一号証の三の成立は不知。と述べた。

なお、原告訴訟代理人は、昭和三十四年十二月二十一日午前十時の本件口頭弁論期日において、前記請求の趣旨及び請求の原因を交換的に変更してあらたに、「被告等は合同して原告に対し金十五万円及びこれに対する昭和三十三年十一月二十一日より右完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、被告Aは、昭和三十三年九月十日被告Bに宛て、金額十五万円満期同年十一月二十日、支払地東京都中央区、支払場所株式会社富士銀行小舟町支店、振出地東京都荒川区なる約束手形一通を振出し、被告Bは拒絶証書作成義務を免除してこれを訴外下出好一郎こと訴外亡高田[王幾]に対し白地式裏書により譲渡し、同訴外人はその適法な所持人として満期に支払場所においてこれを呈示して支払を求めたが、拒絶された。しかして、同訴外人は昭和三十三年十一月二十五日これを原告に裏書譲渡した。

二、被告Aとしては、右手形の振出日は昭和三十三年九月十日、満期は同年十一月二十日にする意思の下に、右の通り手形面上に記載したものと信じて本件手形を振出したところ、後日判明したのであるが、実際には振出日は昭和三十二年九月十日、満期は同年十一月二十日と誤記したのである。従つて、手形面上の右記載に抱らず、振出日は昭和三十三年九月十日、満期は同年十一月二十日であるといわねばならないから、右訴外人のした支払呈示は適法有効になされたものというべく、被告Bは遡求義務者としての責任を負うに至つた。

三、そこで、原告は被告等に対し、その合同の下に本件約束手形金十五万円及びこれに対する満期の翌日である昭和三十三年十一月二十一日から右完済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

と述べ、各被告訴訟代理人は、いずれもこれに対し、右請求の趣旨及び請求の原因の変更は請求の基礎に変更があるから、不当としてこれを許さない旨の裁判を求める旨申立てた。

理由

先ず、原告の前記請求及び請求の原因の交換的変更の当否について按ずるに、およそ手形上の記載が事実に反する場合でもその記載が不合理なもの或は存在し得ないものでない限り、手形行為はそれによつて効力を左右されるものではなく、手形行為が法定の方式を形式的に具備してさえいれば、それは手形上の記載に従つて当然効力を生ずるのであるから、記載された振出日及び満期が真実の振出日及び満期と違つていても、その記載が右のように不合理なもの或は存在し得ないものでない限り、記載された満期を満期とし且つ記載された振出日に振出された手形として効力が生ずるところ、これを本件について見るに、成立に争のない甲第一号証の一によれば、本件約束手形(基本手形)面に記載された振出日は昭和三十二年九月十日であり、同じく満期は同年十一月二十日であつてその間に何ら不合理なものは存在しないことが認められ、証人寄木茂の証言によれば、本件約束手形の真実の振出日及び満期は右の記載された振出日及び満期よりいずれも一年後の昭和三十三年九月十日及び同年十一月二十日であること、被告Aの担当社員が日付ゴム印を押し間違えたことから右のような事実に反する記載が生じたこと、が認められるからして、本件約束手形は、右の事実と関係なく、昭和三十二年九月十日に満期を同年十一月二十日として振出された手形としてのみ効力を有するものというべきである。従つて、本件約束手形については、真実の振出日たる昭和三十三年九月十日に、満期を同年十一月二十日として振出された手形としての効力を認めることは許されないというべきであるから、真実の振出日及び満期を前提とする原告の新請求と、手形上に記載された振出日及び満期を前提とする従前の請求とは、夫々全く別異の振出行為に基き別個の約束手形金の請求をなすものと解するを相当とするので、請求の基礎に変更がある場合に当るというべきである。よつて、原告の右請求及び請求の原因の交換的変更は不当としてこれを許さないこととする。

そこで、従前の請求について審究するに、被告Aが被告Bに宛て振出日昭和三十二年九月十日、金額十五万円、満期同年十一月二十日、支払地東京都中央区、支払場所株式会社富士銀行小舟町支店、振出地東京都荒川区なる本件約束手形一通を振出したことは当事者間に争がない。

しかして、右振出日及び満期の記載はいずれも事実に反しているけれども、本件約束手形が、右振出日に右満期を満期として振出された手形としての効力を有することは、前説示のとおりである。

また、被告B代表者木村治本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第一号証の二、三によれば、被告Bは、拒絶証書作成義務を免除して、訴外下出好一郎に対し、本件約束手形を白地式裏書により譲渡し、同訴外人は昭和三十三年十一月二十五日これを原告に対し裏書譲渡し、原告がその所持人となつたことが認められ、成立に争のない甲第一号証の四、及び右本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、同訴外人は昭和三十三年十一月二十日支払場所においてこれを呈示して支払を求めたが、拒絶されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかも、本件約束手形の満期が昭和三十二年十一月二十日で、その真実の振出日は昭和三十三年九月十日であることは前述のとおりである。

以上の事実関係に徴すれば、右訴外人の支払呈示は、支払をなすべき日又はこれに次ぐ二取引日内に、即ち支払拒絶証書作成期間内に、なされなかつたこと、同訴外人が被告Bより白地式裏書によつて譲渡を受け、また原告が同訴外人より裏書譲渡を受けたのは、いずれも支払拒絶証書作成期間経過後であることは、明らかである。

従つて、右訴外人の被告Bに対する遡及権は支払拒絶証書作成期間の徒過により喪失されたものというべきであるから、原告も亦被告Bに対し遡及権を有しないことは明らかであるので、原告の被告Bに対する本訴請求は、爾余の点について判断するまでもなく、失当であるといわねばならない。よつて、被告Bの抗弁は理由がある。

しかしながら、被告Aは本件約束手形の振出人であるから、所持人たる原告に対し右手形金の支払義務あることは明らかである。そこで、被告Aの抗弁について按ずるに、原告は前述のように訴外下出好一郎がした支払拒絶証書作成期間経過後の裏書によつて本件約束手形の譲渡を受けたのであるが、支払拒絶証書作成期間経過後の裏書が指名債権譲渡の効力のみを有することは、手形法第二十条第一項に規定されているところ、右裏書は、手形法上の方式によれば足り、そのほかに債権譲渡に関する民法上の対抗要件まで必要とするものではないのであるから、右対抗要件の必要を前提とする被告Aの前提(一)の抗弁は、結局理由がない。

また、証人寄木茂の証言、同証言により成立を認め得る乙第一号証の一、二成立に争のない同第二号証の一、二を併せ考えると、被告Aは、被告Bに対し以前より連結用ホロ、金具等の車輛部品の下請注文をなし、その材料を前渡ししていたので、常に幾らかの前渡金貸越となつていたこと、本件約束手形も前渡金支払のために被告Bに宛て振出されたこと(右認定にそわない被告B、代表者本人の供述は採用しない)が認められるけれども、被告Bが本件約束手形の満期以前に納付すべき注文品を右約束通り被告Aに納付しなかつたことを認め得る証拠はないから、右不履行を前提とする被告Aの前記(二)の抗弁は、爾余の点について判断するまでもなく、失当である。

しかして、前記乙第一号証の一、二同第二号証の一、二証人寄木茂の証言によれば、被告Aの被告Bに対する従来の貸越前渡金は、乙第一号証の一、二の前渡金二十五万円から同第二号証の二の支払残高金七万五千六百円を差引いた残額十七万四千四百円であること、これには本件約束手形金十五万円も含まれていること、従つて、被告Aは被告Bに対し、右金十七万四千四百円より右金十五万円を差引いた残額二万四千四百円の前渡金返還請求権を有することが認められ、また、右証言、被告B代表者木村治本人の尋問の結果、及びこれにより成立を認め得る乙第四号証を併せ考えれば、被告Aが被告Bに売渡した品物の代金の支払のために、被告Bが昭和三十三年七月十九日金額四万三千五百六十八円、満期同年十月二十一日なる約束手形一通を被告Aに宛て振出したが、これが不渡りとなつたこと、従つて、被告Aは被告Bに対し右金四万三千五百六十八円の売掛代金債権を有するに至つたことが認められ、更に、右本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告Bは被告Aより「ケタ」や「しめ金」を買受けたが、その未払代金は金千三百五十円であるから、被告Aは被告Bに対し右金千三百五十円の売掛残代金債権を有することが認められ、以上の認定を覆すに足る証拠はない。

然らば、被告Aは被告Bに対し、右金二万四千四百円及び右金四万三千五百六十八円、並びに右金千三百五十円の各債権(この債権額は合計金六万九千三百十八円)を有し、しかも、いずれも弁済期が到来し相殺適状にあるといわねばならない。

ところで、前述のように、被告Bは本件約束手形を訴外下出好一郎に対し期限後裏書し、同訴外人も同様に原告に対しこれを期限後裏書したのであり、しかも、期限後裏書には指名債権譲渡の効力しか与えられず、手形法第十七条の如き抗弁切断の効果も生じないのであるから、手形債務者たる被告Aは、期限後裏書の裏書人である被告Bに対抗し得る抗弁を以てその第一の被裏書人たる同訴外人のみならず、第二の被裏書人たる原告にも対抗し得るというべきである。従つて、被告Aが被告Bに対して主張し得る右反対債権による相殺の抗弁を原告にも主張し得るところ、被告Aが、昭和三十四年六月一日午前十時の本件口頭弁論期日において、右反対債権を以て原告の被告Aに対する本件約束手形金債権と対等額において相殺する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかであるからして、原告の本件約束手形金債権と被告Aの右反対債権とは対等額において相殺によつて消滅したものといわねばならない。しからば、被告Aの前記(三)の相殺の抗弁は理由がある。

よつて、被告Aは、原告に対し、右手形金額十五万円から右反対債権の合計額六万九千三百十八円を差引いた残額八万六百八十二円、及びこれに対する前認定にかかる支払呈示の日の翌日である昭和三十三年十一月二十一日より右完済まで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そこで、原告の本訴請求は、被告Aに対し右支払を求める限度において正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文、第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 平川実)

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